少子化が止まらない日本。
子供の出生率に関するニュースを見る度に、日本はもう終わりなのかな… と暗い気持ちになってしまいます。
少子高齢化の解決は、実際問題かなり難しいだろうな
それはそれで寂しすぎるな。。、
少子高齢化の解決策として、雑に2つを同時に実行しなければならないでしょう。
①子供を産む数を増やす
②高齢者には引退していただき 自助努力でこれ以上社会保障費を食い潰さないようにしてもらう
今回の記事は①に焦点を当ててみたいと思います。当然ですが子供の数を増やすためには、女性になんとか頑張ってもらわなければならない という側面もまた事実でしょう。
※女性に「キモい男が相手でも我慢して子供を作れ」とは一言も言ってないです。
一方でリベラルな社会では「女性が子供を作らないことを選ぶ自由」もまた保証されているべきです。
このように対立する2つを同時に満たしながら子供を増やすことは困難を極めることでしょう。
少子化の解決のためには女性に頑張ってもらいたい。
でも、キモい男と子供は作りたくない… ジレンマだよな。
まぁ、そりゃあそうだ。
少子高齢化の解決のためには、女性に頑張ってもらわなければならない
VS
子供を産まない自由もある
…この議論を突き詰めていくと
女性は子供を産んで一人前
という昭和的な価値観が再発明されてしまうかもしれません。
そこで今回は、リベラルな社会における女性の葛藤 と題しまして、女性は子供を産んで一人前なのか?を論文を用いて解説していきます。
湧き出てきた「子持ち様」論争
ある日Twitter(もといX)をいつものように歩いていると、こんな悲しい議論を目にしてしまいました。
「子供を産んだら、育休や子供の送迎等で時間を取られ 仕事に支障が出てしまい、それを穴埋めするのは残された他の社員」
「子持ち様は子供優先でそれを言い訳に被害者ぶる」
という主張で賑わいでいました。
私はこれを見て素直に
「女性の社会進出(少なくとも男性と同等の付加価値や責任能力の要請という観点で)は、無理なんだろうな。。、」
と悲しい気持ちになってしまいました。
これに対して、Twitter論客の一人「ゆな先生」は以下のように反論していました。
子供を産まない選択も自由、だが そんな貴女が高齢者になったとき他人の子供に支えてもらうんやで。
という反論だな
確かに、言われてみればそうだな。
短期的には他の子持ち様の仕事を肩代わりする必要がありますが、将来他人の子持ち様から賦課方式で巻き上げた社会保障費で生きていくのですから
「なんでお前の肩代わりしなきゃいけないの?」
という主張は近視眼的だと言わざるを得ません。
一方で 産まない自由もあるのなら
産む女性 産まない女性が混在していても維持できる社会
を実現するべきです。
果たして、そのような社会は実現可能なのでしょうか。
「産まない自由」を選択した女性は、男性並みにハードワークしないと社会は維持できない
そもそも社会ではあらゆる点で女性が優遇されています。そして
「女性にはある程度優遇するべき」
という価値観を内面化している個人も多いことでしょう。
このように女性があらゆる点で優遇され、好意的に解釈されるバイアスを 心理学では
「女性は素晴らしい効果(Women are Wonderful Effect)」
と呼び、その適用範囲は研究の対象になっています。
2011年の研究を紹介します。人間が好意的であると評価される場合は 一体どんなときでしょうか。どうやら、人種文化年代問わず 女性である時点で好意的に解釈されるようです。
In contemporary research, attitudes toward women appear to be more positive than those toward men in samples of US and Canadian university students, and the evaluative content of the female stereotype is more favorable than the evaluative content of the male stereotype.
https://www.tandfonline.com/doi/abs/10.1080/14792779543000002?
このように、女性であるだけで一定以上好意的に解釈される現象を 学術的には
Women are Wonderful Effect(「女性は素晴らしい!」効果)
として知られています。
これは、中年男性であってもTwitter(もといX)でネカマをすると、突然チヤホヤされて その効果の強力さに驚くことで確認できるでしょう。
女性が優遇されることを悪いとは言っていない。
というか、そうすべきだと個人的に思っている。
なんで?
女性は子を宿す能力を有した特権階級です。
換言すれば、単に精子をばら撒くだけの低コストで子供を作れる男性と比べて 圧倒的に女性の方が生得的価値が高く 女性の方が大事にされる社会は合理的です。
よって、同じ運賃でも女性は「女性専用車」が用意されていますし、恋愛でも女性が求められる側ですし、女性のぴぇん🥺のサポートを男性はすることになります。
そんな彼女らを支えるのは男性です。
男性は女性を守るためには時に人柱となり、家計を支え、競争し その結果豊かな社会を構築してきました。
男性が女性にヨシヨシするのは
「女性が懐妊性を有するから、ハードワークを課すのは女性の役割ではないから」
です。
ここで一つシンプルな問いが生まれます。
懐妊性を放棄した女性に、通常の女性と同等の配慮をするべきか?
懐妊性を根拠に配慮をしていたなら、それを放棄した女性は
「配慮の根拠を失った」
ことになります。
果たして我々は、そんな彼女たちに配慮することは可能なのでしょうか。
懐妊性を放棄したのにぴぇん🥺する女性を無限にヨシヨシするほど人間は優しくない
私たちは気にかけている人や職務上気にかけなければならない新人などに配慮をして様々なサポートをします。
永遠に気にかけることは物理的に不可能なので
優しさや配慮は有限のリソースです。
自分に余裕があれば、他人のために少し時間を使って助けてあげたり相談に乗ったりできるでしょう。
ですが余裕がない場合は必ずしも優しさや配慮を発揮することはできません。
例えば社会保障費や介護保険を満足に払っていない分際で配慮を要求してくる高齢者を正直ウザいと思っている人は多いだろ?
まぁそうだよなw
女性が配慮を要求して男性が応じるのは、女性の身体が男性に比して弱いからと言うのも理由としては正しいですが、他に
男性にとってワンチャンあるかもしれないから
優しく接している側面もあるでしょう。
勿論、これらの理由抜きに慈愛の心で優しくすることもあります。
だからと言って「もっと優しくしろ!」「配慮しろ!」に無限に応じるかと言うと、そこまでの時間も体力もありません。
懐妊性を傘にあらゆることから守られてきた女性は、それを行使しなかったらもう前のように守られることはないでしょう。
だとしたら残された道は
「男性社会にコミットして自分で自分の機嫌を取るしかない」
のです。
懐妊性を放棄した女性は 男性並みのハードワークを要求される
女性の優遇は懐妊性に基づくものであり それを放棄してまで配慮を要求するのは筋違いだと話しました。
筋違いとまで行かなくても、配慮は有限のリソースなので 配慮を要求し続けるとやがて飽きられることも話しました。
女性が自らの特権を放棄した場合(勿論それは個人の自由なのですが)、やがてゆな先生が主張するように
「貴女は近視眼的には子持ち様の穴埋めをしているかもしれないが、やがてその子供たちのリソース(社会保障費や労働力)を使い潰す側」
になります。
将来的に子供たちのリソースを使うことになるんだから、現代社会で生きるために必要なことはわかっているよな?
なるほど…。
子供を産んで育てることは、将来自分の子供が社会保障費や介護保険料を払うので その恩恵を受けることができるようになるでしょう。
一方子供を作らなかった場合は他人の子供に支えてもらって介護してもらい年金を受け取ることになります。
よって、懐妊性を行使しない場合は
男性のように働き、税金や社会保障費を男性並みにちゃんと納める
ことが求められてくるでしょう。
少なくとも、若かった頃のように誰もヨシヨシしてくれないので、やがて性的権力が通用しないことに気づいてそのような道を歩むことになるはずです。
懐妊性を放棄した女性は周りの足を引っ張る一方配慮を要求するモンスターになる
これまで、リベラルな社会では女性は「懐妊性を行使しない(=子供は作らない)」という選択をする自由もあるが、懐妊性を傘に配慮を獲得してきたのだから それを行使しないと言うことは男性並みのハードワークが要求されるようになる と述べました。
でも本当に子供を作りたくなくて拒否している人もいるだろうし「だったら普通に頑張って働こう」で終了じゃないの?
いや。彼女らが男性社会の責任や重圧に耐えられるとはとても思えない。
男性が働く理由は文字通り
「食っていくため(なんなら養うため)」
です。
そして、男性社会で男性がぴぇん🥺しようものなら
「あいつは使えねーな」
と一発アウトを食らって終了です。
女性ならぴぇん🥺しても配慮してもらえてヨシヨシしてもらえますが、男性社会でそれは通用しません。
この落差は女性にとっては衝撃であり苦痛を伴うでしょう。
その世界に足を踏み入れた女性がどうなるか、論文を基に解説していきます。
モンスター化する根拠① : そもそも女性はハードワークしない(できない)
そもそも統計的な女性は男性並みのハードワークに耐えられないでしょう。
通り越して、女性は進路の選択時点で「専門性やハードワークを要求される分野を積極的に拒否する」傾向が確認されています。
女性は専門職につながる学問分野を専攻しない
理工系分野における女性活躍の推進を目的とした関係国の社会制度・人材育成等に関する比較・分析調査報告書から引用です。日本の女性は男性と比して理系学部に進学せず、諸外国の中でも割合が低いことがわかりました。
女性はそもそも大学で専門知識をつけ、それを社会実装できるような学部に進学しません。
結果として「大卒なのに受付嬢」「大卒なのに事務員」「大卒なのにわけわからんキラキラしてそうな広報」とかをやります。
統計的な女性に学を与えたところで、それを社会貢献に活かしたり家族を養うために覚悟をもってハードワークすることはないのです。
女性はケアしてもらうまでぴぇんする
様々な学術研究で、女性は男性と比して泣くことが確認されています。
そしてその泣き方は仕事に関連している時大きく激しいものになるようです。
1996年の研究を紹介します。女性のぴぇんは男性より激しく、特に他者からの批判 怒り 仕事上の問題を含む場合に顕著であることがわかりました。
Women cried more often and for longer and with more intensity than men.The sex difference was especially marked for situations involving criticism from others, anger, or problems with work, where men were particularly unlikely to cry, and least for those situations Darwin described as involving tender feelings.
Crying, weeping or tearfulness in British and Israeli adults
研究ではイギリスとイスラエルの参加者(20~42歳、N=448)が、泣き声に関する質問に答え その結果を解析することで調べられました。
更に一度女性が職場で泣いたら大変です。女性は周りの助け・ケアが手に入るまでギャン泣きし続けることが研究から判明しています。
1987年の研究を紹介します。女性は男性と比して「ケアしてもらうまで泣く」という行動をとる頻度が多いことが判明しました。
T tests for sex differences were conducted for each of the 35 acts of manipulation for each of the four instruments. Although significant sex differences occasionally emerged for a given instrument, only one act showed significant sex differ- ences across more than one data source. For example, the item “He or she whines until I do it” showed greater female than male performance frequencies for the observer data source in the instigation condition, t(90) = 2.82, p < .006.
Tactics of Manipulation
元の論文のタイトルは「Tactics of Manipulation(操作戦術)」ですが、文字通り人間はどのような戦略で他者を操作するのか?を調べた研究です。
論文のタイトルにもあるように、女性の「ケアしてもらうまで泣く」と言う行為は 周りが右往左往してケアしてもらうまで泣くことで他者を操作する戦略の一つです。
女性は仕事フルタイムで仕事をしない
2020年 内閣府が公開した「結婚と家族をめぐる基礎データ」から、女性の労働状況について紹介します。男女共同参画が叫ばれてからしばらく経ちましたが、女性はパートタイムの労働は増えているもののフルタイムで労働しないようです。
そもそも女性、仕事できない説
なんなら、女性はそもそも社会に出て仕事をするのは向いていないかもしれません。
少なくとも男性社会で要求される大きな金額が動く仕事を女性が担当するのはほとんど無理でしょう。
以下、女性の育児のハードさを真顔で語る女性。
このレベルの人間が男性と同等の付加価値を生産できるか?というと まず無理な気がします。
モンスター化する根拠② : 女性の敵は女性
子持ち様を積極的に叩いている層は、明らかに女性の方が多いです(引用RTで文句行っている人は軒並み女性でした)。
女性の社会的地位(ひいては自分の社会的地位)を積極的に守りたいのであれば、女性が女性を叩く構図は理解不能です。
確かに。叩けば叩くほど将来自分が子持ちになった時白い目で見られてキツイんじゃないか?
普通に考えればそうだよな。
ですが客観的な研究は
女性の敵は女性
であることを強力に支持しています。
囚人のジレンマゲームは、2人のプレイヤーで争い 相手を裏切ったら多くの賞金がもらえることを繰り返すゲームです。ただし、どちらも裏切らなければ少額ですが賞金が手に入ります。また両プレイヤーが同時に裏切った場合は、両プレイヤーが罰金になります。
このゲームの最適解は「ゲームの後半で裏切る」「一度裏切られたら、金輪際相手プレイヤーに協力しない」の2点です。
2018年の論文を紹介します。男性プレイヤー同士で囚人のジレンマゲームを行うと、ゲームを繰り返せば繰り返すほど互いに協力的になり 最終的に女性の2倍の頻度で協力をすることがわかりました。
They also reported that men paired with men cooperate almost twice as frequently as women paired with women. Our conceptual replication with Prisoner’s Dilemmas repeated over 300 rounds with no breaks, using more advanced, computerized methodology, revealed no decline in cooperation, apart from endgame effects in the last few rounds, and replicated the substantial gender difference, confirming, in the UK, a puzzling finding first reported in the US in the 1960s.
Persistent cooperation and gender differences in repeated Prisoner’s Dilemma games: Some things never chang
当然、協力的であればあるほど両プレイヤーが得をする(例外はゲームの後半)のですが、そのような傾向が女性にはみられませんでした。
更に格下の同性に対する女性の行動について調べた研究があります。
2017年の研究を紹介します。女性は男性と比較して、格下の同性パートナーに対して資源を分配しないで自分のものにする傾向があることがわかりました。
Consistent with the hypothesis however, across all three studies, high status males invested more than high status females in cooperative partners, suggesting that high status males intuitively evaluate sharing rewards with same-sex partners as more beneficial.
High status males invest more than high status females in lower status same-sex collaborators
研究では、187人の男性と188人の女性の参加者が能力の異なる(架空の)同性パートナーと協力し、その後、自分と相手の間でどの程度報酬を分け合うのか調べることで調査されました。
このように女性は
子持ちVS子なし の構図で積極的に分断を自ら起こしている
可能性があります。
このように女性は例え自分に(将来的な)損失があっても協力し合わないことがあらゆる研究で示唆されている。
更に、魅力のない女性が魅力のある女性に対してどのような行動を取るのか調べた研究を紹介します。
2018年の研究を紹介します。女性の社会における生存戦略として、女性は魅力的で挑発的な服装の女性の評判を貶めるような噂を流して対抗することを発見しました。
Women strategically harmed and failed to enhance the reputations of other women who threatened their romantic prospects directly (by flirting with their romantic partners) and indirectly (by being attractive or provocatively dressed).
Competitive reputation manipulation: Women strategically transmit social information about romantic rivals
研究者はこのような行動に対して
「脅威的であると認識される同性の恋愛ライバルの恋愛的・社会的魅力を損なうように設計されている」
と主張しています。
なぜ女性の敵は女性か? 進化心理学的な説明
なぜ女性は女性同士で協力しないのでしょうか。
いくつか進化心理学的な説明を加えていきたいと思います。
もしある女性が「誰とでも寝るクソビッチ」だったとしましょう。男性としては喜ばしい限りですが、この状態で困るのは他の女性です。
なぜなら、男性の多くはその女性のところに群がってしまい 自分の機会損失が拡大してしまうからです。
この状況で機会損失を防ぐためには、女性は
自らを男性に安売りするしかありません。
安売りすると何がまずいの?プライドが傷つくとか?
いや。事態はもっと深刻だ。
このように、女性が自分自身を安売りする社会では 男性は努力・競争をしなくても性行為を獲得できるので 男性の質が益々下がっていくでしょう。
その結果生まれた子供は弱々しく、とても厳しい自然界を生きていけませんし 父親も努力・競争を放棄したので、子供を強く育てられないでしょう。
結果としてそのような社会は持続不可能で滅んでしまいました。
そのような背景があり、女性は同性の隣人が抜け駆けして勝手に別の男の子種を好き放題もらいにいくことを監視し合うように進化する圧力があったと考えられます。
子持ち様を叩く子なし女性にとって、先に子供を作った魅力的な同性を叩いて評判を貶めることは いささかのインセンティブがあるのです。
モンスター化する根拠③ : 女性は社会を維持するための拡張的な行動が苦手
すでに述べた通りではありますが、女性は互いに監視しあい 他の男性の子種をコッソリともらうような行動を監視するように行動します。
その典型例が「一緒にトイレ」「ゴシップ大好き」等です。
そのような性質を兼ね備えた女性が、集団内でどのように行動するのか調べた研究を紹介します。
2013年の研究を紹介します。女性は幼少期以降、報復のリスクを最小限に抑え、他の女子の力を削ぐ戦略を用いて競争することが判明しました。
From early childhood onwards, girls compete using strategies that minimize the risk of retaliation and reduce the strength of other girls. Girls’ competitive strategies include avoiding direct interference with another girl’s goals, disguising competition, competing overtly only from a position of high status in the community, enforcing equality within the female community and socially excluding other girls.
The development of human female competition: allies and adversaries
女子の競争戦略を以下に列挙すると
- 他の女子の目標への直接的な干渉を避けること
- 競争をしていない風を装うこと
- 共同体の中で地位の高い位置からのみあからさまに競争すること
- 女性共同体内で平等を強制すること
- 他の女子を社会的に排除すること
でした。
うわ〜
なんか、どっかで見たことあるやつだ これ
この研究者も性格が悪いなw
女性は共同体内で競争していない風を装いつつも、自分が有利(=アファーマティブアクション)な場合のみ積極的に競争する一方 表向きは互いに平等を課して牽制しあうような行動を取ります。
女性の行動は
共同体の内側を向いた非拡張的なもの
であると言うことです。
そのような女性が男性と同じように、責任感を持って仕事をすることが可能でしょうか。
すでに紹介したように
①統計的な女性の泣き声は、仕事が絡んだ時大きくなる
②女性は長期的な視点で協力し合うことができない
③女性は拡張的な行動が苦手
を加味すると、女性に男性のような責任や成果を要求することは不可能でしょう。
更に女性に追い打ちをかけるのは、自らの性的価値だけを拠り所に年をとってしまった場合です。
モンスター化する根拠④ : 懐妊性以外の価値や能力がなかったら地獄
何度も述べているように、女性が優遇され配慮を勝ち取っているのは 懐妊性を根拠にしたものです。
人間の価値を「懐妊性」だけで語るのは愚か極まりますが、逆にそれ以外の価値は何があるでしょうか。
例えば、男性が持っていない技能(芸術・交渉術等 なんでもいいです)を有していたら当然 その人間の価値になるでしょう。
逆に、他人と比較してこれは抜きん出ている と自負できるものがない女性は「懐妊性」を失った瞬間「あれくれこれくれ 私に配慮しろ」と鳴き声を上げるモンスターになるでしょう。
稀に男性社会でもドライブするパワフルな女性が現れます。これは本当にすごいことです。
これまで当然のように享受してきた配慮やヨシヨシを(ある程度受けているとはいえ)跳ね除けて、周りの男性に劣らず付加価値を創造しているのですから 当然そこに至るまでの凄まじい努力が垣間見えます。
それは間違いなくあなたの価値になるでしょう。
…が、女性が男性社会で一定以上のポジションを勝ち取れるほど努力をすると 次のような落とし穴があります。
モンスター化する根拠⑤ : 男性社会でドライブできる稀な女性は、その地位を守るために他の女性に攻撃する
子持ち様であろうと子なしであろうと、男性社会で一定以上のポジションを築き上げた女性は これまで不断の努力を積み上げてきたに違いありません。
…が、そこにも落とし穴があるようです。
まだ何かあるのかよ…
あぁ、女性が男性社会でうまくやっていくのは かなり厳しいのかもしれんな。。、
これはどこかで聞いたことがあるかもしれません。
2016年の研究を紹介します。女性が職場の上司になると、女性の部下は仕事に対する満足度が下がりますが、男性の場合はそのようなことは起こらないことが判明しました。
Using two distinct datasets of US workers, we provide previously undocumented evidence that women are less satisfied with their jobs when they have a female boss. Male job satisfaction, by contrast, is unaffected.
Do women prefer female bosses?
研究では、アメリカの労働者を対象にした2つの大規模なデータセットを用いて解析されました。
「会社のお局がウザい」
という話は無数に転がっていますが、女性が会社で一定以上のポジションを取ると その地位を守るために高圧的な態度を後輩や部下にとってしまうようです。
男性社会に放り込まれた女性が、まともに男性とうまくやっていけるとは思えない(うまくできる女性は少数)
今回の研究結果からも分かるように、女性が子供を産むことを選択しない自由がある一方
- 統計的な女性はハードワークができない
- 統計的な女性は職場で泣くし協力しない
- 女性の敵は女性
- 仮に男性社会でドライブできても、統計的な女性は高圧的な上司になる
のようなことが発生することを紹介してきました。
どうやら
「男性にできること 女性にできること」
は明確な性差があるらしい。
なるほど。、
何度でも言いますが、リベラルな社会では 女性が子供を産まない選択をすることも自由です。
その一方で、男性社会で女性がうまくやっていくことは ほとんどの女性にとって不可能ではないかと考えられます。
再発明される「昭和的女性観」
「女は子供を産んで一人前」
このような昭和的言説に吐き気を覚える人も多いでしょう。まるで女性を一人の人間ではなく、一方的に子供を産む役割を社会全体で強制しているような言い回しです。
では、男女共同参画の名の下 女性の社会的地位を向上させるためにあれこれ税金を投入して 男性側に多大な配慮を要求して… 結果はどうだったでしょいうか。
ここまで読めば、結果は想像の通りだと思うけどな
女性は懐妊性を放棄しても、男性社会ではほとんど使い物にならず、挙句配慮を要求してくるようになります。
結論、女性は男性社会でコミットできないので
子供を産むことが結局自分のできる社会全体に対する最大のコミット
となります。
以下、男女共同参画の名の下に投入された税金で行っている事業の例。女性のみ参加で「ヨガ」「リンパマッサージ」「アロマオイル講座」等が受けられます。
男性には男性の役割(時に競争や危険な目に遭いながらも、女性や家族を守るために働く)
VS
女性には女性の役割(男性社会でコミットできないから 別のことで価値を発揮する)
というごく当たり前のことだと思います。
昭和時代の「女性は子供を産んで一人前」と言う言説は、子供を作らず男性社会で働いた女性は 仕事では使い物にならず あれこれ配慮を要求してくるモンスターになる と言う経験則から導かれたものだった と仮説を述べつつ、数多くの研究結果が昭和的女性観を支持している と結論づけてこの記事を終わりたいと思います。
コメント